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紫色の月光

紫色の月光

第五話「アイアムマシーン」

第五話「アイアムマシーン」



 公園のベンチに座りつつ、風に当たって精神を安定させている男がいた。
 彼の名前はジョン・ハイマン刑事。
 先ほど、公衆トイレの中で起こった悲劇(?)、『魚肉ソーセージの怪』の哀れな被害者である。

 彼は自身の上司であるネルソン警部により何とか理性を保つ事が出来たのだが、普段から人知を超えるような行動を起こしているネルソンによって助けられたと言う事実がジョンには余り認める事ができなかった。

「………警部。自分はこのまま警察をやっていって上手くいくか分からなくなってきました」

 ジョンはガックリと力なくそういった。
 すると、彼の隣に座っているネルソンは、

「気にするな、ジョン。そんな事は誰しも一度は通る試練なのだ」

「試練………ですか?」

「そうだ」

 ジョンの言葉に対してネルソンは即答した。その顔には何故か迷いと言うものが全く感じられない。

「いいか、ジョン。誰にでも挫折はあるものだ。だがそれは当たり前なのだ。人間は神ではないから失敗する事がある」

 ネルソン警部が言うと何となく説得力のある言葉だな、とジョンは思った。

「だがジョン。挫折があるならその挫折の分の『栄光』があるんだと俺は思う」

「え、栄光?」

 よもはやネルソンの口からこんな形でこの言葉を聞くとはジョンは思っても見なかった。驚きと敬意と天然記念物を見るような複雑で分かりにくい表情で彼はネルソンの顔を見る。

「そうだ、栄光だ。何かの失敗があるのならその分の成功を収めようと人間は努力する。しかし、俺は成功を超えた栄光を必ず勝ち取ってみせる!!」

 そう叫ぶと、ネルソンは勢いよく立ち上がった。
 しかし、彼が立ち上がるのと同時にジョンは思う。

(話題が何時の間にか微妙に自分の方へと傾いていませんか? ネルソン警部)

 その瞬間、複雑すぎたジョンの表情は一瞬にして呆れた表情になった。
 それと同時、ネルソンのポケットの中から電子音が響いた。
 
 何処かで聞いた事がある音楽だな、とジョンは思う。
 以前に聞いた時は警官映画のテーマソングだったが、今回は明らかに違う。
 ジョンが数秒と考えている中、答えはネルソンの口からあっさりと告げられた。

「おお。早速『ダックスフンドソース』のCMソングが物を言うな」

 今回はCMソングですか、とジョンは思った。このまま行けば次は意外にアニメソングで来るかもしれない。

 ネルソンは電話相手の名前を元気がある声で言った。

「こちらネルソン…………おお! クリューゲルか!」

 クリューゲルと言う名前はジョンも聞いた事がある。前までネルソンが働いていたアメリカで共にいた彼の同僚である。
 同僚と言う事は、今の自分と同じような苦労をしたんだろうな、とジョンは見た事も無い苦労人に同情した。
 クリューゲルがネルソンと同じような変人部類に入ると言う可能性は敢えてスルーしておいた。

「………………」

 すると、ジョンは気づいた。ネルソンが先ほどから妙に真剣な顔つきでクリューゲルの話に頷いているのだ。
 恐らく、以前ディーゼル・ドラグーンを追いかけていた時に話したかった内容であるはずなのだが(その時は出れなかったのだが)、ネルソンがこれほどにまで真剣に、しかも無言で聞いているとはどのような内容なのだろうか。

 ジョンが興味深げにネルソンの顔をのぞいてみると、ネルソンは「わかった。わざわざスマンな」と言って携帯の電源を切った。その顔は先ほどまでとは違い、暗く見える。

「警部? どうしたんですか?」

 ジョンが尋ねると、ネルソンは元気なく頷いてから、

「ああ………アメリカからこちらに臨時で派遣された警官の事だ」

「え? それなら何でまたそんな何時もと顔が180度違うんですか?」

「………問題はその派遣された男だ。―――――警官四天王の一人だ」

 その言葉を聞いた瞬間、ジョンはその身を震わせてしまった。



 警官四天王とは、大戦後に誕生した、文字通りの『最強の警察官四人組』の事である。
 四天王に選ばれる為の絶対的な条件はいたってシンプルだ。

 警察である事である。

 警察であるならば、性別や出身国、人種、年齢は関係なく、挙句の果てには警察犬ですら認められる事が可能である。
 詰まり、実力さえあるならどんな警察でも「警官四天王」になる事が可能なのだ。

 因みに、四天王は一年に一回、極秘で開催される『世界警官グランプリ』のベスト4の四人が自動的に選ばれる。
 このグランプリのルールはトーナメント形式で、出場者は世界各国の警官の中でも一際エリートの警官だけが選ばれる。

 では、何故にネルソンとジョンが知っているのかと言うと、


「確か…………ネルソン警部も昔は四天王だったんですよね?」

 そう、ネルソン・サンダーソンはアメリカで働いていた時はその努力と熱血と正義と気合と根性で四天王となっていたのだ。
 
「ああ、だがあの男との出会いが俺の人生を大きく変えた」

 ネルソンが言う、あの男と言うのがエリック・サーファイスこと『怪盗シェル』である。数年前、大胆にもエリックは犯行予告を新聞会社に叩きつけ、警官隊を呼び寄せたのだ。
 その理由はただ一つ、『自信があったから』だ。

エリックはマーティオには勝てなかったが、そこいらの警官やチンピラには余裕で勝てるほどの強さを誇っていた。
 つまり、当事は彼の身の回りに彼以上の強さを持った人物がいなかったのだ。
 因みにこの当事、エリックとマーティオは別々で暮らしており、エリックがはじめて泥棒をやった時にはマーティオこと『怪盗イオ』という相棒はいなかったのだ(一応、知り合いではある)。

 だからエリックは自分に勝てる人物はこのアメリカの大地にいないと思い込んでしまった。
 しかし、その勝てる人物が彼の前の前に現れたのだ。それが当事の警官四天王の一人である、ネルソン・サンダーソン警部である。

 ――――結局、ドジをやらかして逃がしてしまったのだが。

 それ以来、ネルソンは自ら警官四天王を辞め、ひたすら怪盗シェルを追っているのだ。
 途中から怪盗イオという敵の相棒が現れたが、ネルソンは彼よりも怪盗シェル逮捕に意欲を燃やしているのだ。


 その為、ここに新たに派遣された警官四天王に怪盗シェルを逮捕されないかどうかがネルソンには気がかりでならなかった。

「ジョン。一人だけとはいえ、四天王が派遣されたんだ。………その恐ろしさを侮るなよ」

「警部。何だってまた警官である我々がそんな四天王を警戒するような事を言っているんでしょうか?」

 ネルソンはジョンに振り返ると、見事なまでに即答した。

「決まっている。新しいライバルがやってきたら警戒心を強めるのは当然のことだからだ」

 その時、ジョンの目に映ったネルソンが妙に輝いていたと言う。



 マーティオは赤い液体を口内から吐き出していた。しかし、仮面をつけているので外には漏れない。
 先ほど接近戦をあのカンガルーに挑んだ結果がこれである。

 カンガルーの強化スーツに身を包んだ男はナイフを持って急接近してきたマーティオをたった一発のパンチでぶっ飛ばしたのだ。

「くそっ! …………あのカンガルーを甘く見ていた」

 今、マーティオはカンガルーから身を隠している。敵に視界に移らない場所まで走り、壁に背を向け、背後をとられる事が無いようにしておいているのだ。


 だが、流石にパンチ一発でここまでのダメージを負う事になるとは思わなかった。
 接近戦では圧倒的に不利だ。
 しかし、こんな狭い通路では大鎌は扱いづらいし、手榴弾は使い終えている。残りは念のために持ってきた銃くらいだが、強化服と言うからにはそん所そこいらの銃は効かない筈だ。

(やっぱバズーカでも持ってきたほうが良かったな)

 しかし、持っていない事をとやかく言っても仕方が無い。
 
 今ある武器以外のものを最大限に有効活用しなければ勝ち目は無いだろう。しかも、出きる限り派手に、だ。何故なら――――

(マジシャンであるなら何事も派手に行かないとならないからな)

 分かるようで分からない定義を心の中で再確認すると、マーティオは自分の所持品を漁り始めた。因みに、お前は泥棒なんじゃないのか、と突っ込みを入れる奴はいない。

 しかし、自分の持っているものといえば――――――

(非常食にライターに煙草にエリックの目覚まし用の水鉄砲にトランプにハンカチにポケットティッシュ、そしてエトセトラ、と)

 途中から考えるのが面倒になった為か、マーティオは省略した。
 因みに、残りのナイフと過去に警官から盗み取った銃は省略している。

(…………何だってまた役に立ちそうに無い物がたっぷりあるんだろうか)

 それはお前が持ってきたんだろうが、と突っ込みを入れる者はやはりその場にはいなかった。
 しかし、そんなマーティオはこの中に『使えそうな道具』を見つけたのだ。彼はその道具を手にとって見る。その右手には水鉄砲が、左手にはライターが握られる。

「……………こいつで行ってみるか」

 マーティオはポケットの中に手を突っ込み、その中からある物を取り出した。
 その物体には『臨時使用に最適、サラダ油ミニサイズ』と書かれていた。




 何とか牢屋からの脱出に成功したエリックはこの無駄に広い刑務所の中をさ迷っていた。
 その無駄なスペースの使い道は何故かネルソンの秘密兵器製造に使われているのだが、そんな事とは知らなかったのでエリックはそこから『秘密兵器その3 ハイパーシューズ』と書かれた張り紙が引っ付いていたローラースケートを盗み出していた。

 だが、『ハイパー』と付いている割には割と普通のローラースケートだ、とエリックは思った。
 何故そう思うかと言うと、今エリックはハイパーシューズを履いているからである。
 そのローラースケートが持つ快適さは正にローラースケートそのものである。


 エリックは一度急停止してから、何となく履いているハイパーシューズを見下ろしてみる。
 エリックの姿は色んな意味で奇妙な物だった。
 右手にランスを持っており、左手には看守からさり気無く盗んだゲームソフトとそのパッケージが握られている。そして靴はローラースケート。何となく違和感がある。
 
「……………ん?」

 そのローラースケートと睨めっこをしていたエリックだが、ある事に気づいて手をローラースケートに伸ばした。

 その手の行く先にあるものは赤いボタンである。
 恐らく、赤いローラースケートだから思わず見落としてしまったのだろう、とエリックは思いながらもボタンを軽く押してみた。

 押したのと同時、ハイパーシューズから「ウィィィィ」と言う変な音が聞こえてくる。
 その音は飛行機のエンジン音と似ており、今にもシートベルトを着けろとでも言わんばかりの叫びのように聞こえた。
 それに従い、エリックは額に汗を流しつつも右手のランスと左手のゲームを手から離さないようにしっかりと握り締める。悲しい現実だが、シートベルトは存在しない。と言うよりも存在しているはずが無かった。

 エリックが目を閉じたのと同時、ハイパーシューズの踵部分にさり気無く装着されているブースター部分(エリックは何故か見落としていた)が火を噴いた。
エリックは今までに感じた事がない感触を体全体に受けた。そして骨が折れてしまうのではないかと言ってもいいほどの衝撃が体中を襲い始める。

 が、しかし――――


 がんっ!


 ハイパーシューズのブースターが点火したと同時に猛突進を始めたエリックだったが、何故か突然降ろされたシャッターに鈍い音を立てながら激突した。

「な、何でシャッターが急に………………ぐふっ……」

 エリックは壁にぶつかった時の衝撃を受けた際にランスを落としてしまったが、何故かゲームだけは手放そうとしなかった。エリックはその存在を確認しただけで満足そうな笑みを浮かべ、そのまま床にどさりと倒れこんだ。
 
 因みに、壁にぶつかった際の衝撃によりハイパーシューズはその異常な機能を停止させていた。




「ふむ。ここなら…………多分あるだろう」

 カンガルーに見つからないように身を隠しながらマーティオは食堂に侵入していった。
 先ほど、サラダ油を使おうと思ったらあまりにも少量だったので補給をしにこの食堂へとやってきたのだ。

 マーティオは周囲を見渡す。周囲には幸いながらも人はおらず、邪魔をする敵は誰もいない。正に大チャンスである。

「ええと………油か酒はあるかなっと」

 何ならガソリンでもいいのだが、いちいち車かバイクから取り出すのは面倒だったので止めておいた。


「――――――――――む?」

 何か火をつけるために必要な物を探しているマーティオは厨房で何かを発見した。それはエリックが毎日のように幸せそうな顔でやっているギャルゲーの山である。

「…………何だってこんな物が包丁と一緒に突っ込まれているんだ」

 しかし、と、この光景を見たマーティオは考え出した。

(エリックも包丁と同じ所に突っ込んでるかも知れんな。――――――よし、今度から包丁は携帯しておこう)

 どういう解決策なのかは知らないが、かくしてマーティオの使用武器がまた一つ増えたのである。――――――余談だが、その新たな矛先が真っ先に向けられそうなエリックはこの時、ハイパーシューズのスイッチに気づいたところである。

「―――――――む?」

 すると、マーティオはギャルゲーの山の奥に何かボタンがあるのを発見した。

 ボタンである。それも『これを押して刑務所の連中を困らせてやろう! byネルソン』と書かれている。

(さて、どうした物か)

 このボタンはネルソンが『暇だから』と言う理由でジョン達に作らせた、刑務所の人間からしてみれば迷惑極まりない『悪戯』ボタンなのだ。しかも、未だに使用されておらず、尚且つ複数存在する。恐らく、世界中の刑務所を探してもこれほどまでに無意味な理由で作られた仕掛けは無いだろう。

(あのネルソン警部の名前が出てきている時点で無茶苦茶怪しいが………まあ、あのカンガルーを困らせてやれる可能性があるのならやってみるか)

 マーティオはそう考えたのと同時、ボタンを押した。
 因みに、この仕掛けは刑務所に作られた非常用シャッターを強制的に全て下ろすものであり、この時エリックが犠牲者となってしまった事はマーティオには知ることが無かった。

「うむ。なんかよく分からないが気分がよくなったような気がするな。何か別の場所で俺的に良い事があったのかもしれん」

 マーティオ的と言うのは、誰かが酷い目にあったときである。例えば、ニックに物理的な攻撃を加えたり、エリックのPCに意図的にウィルスを送ったりと、何かと人の不幸を喜ぶ面がマーティオにはある。
 それを行うのは本人の気分なのだが、その分、攻撃の威力はランダムで決定されるから恐ろしい。

 マーティオは食堂や厨房を見て周る。こういう場所なら絶対に油か酒はあるはずだ、と思いながら探すのだが、何故か真っ先に発見される物はギャルゲーの山である。

「…………………何の倉庫だ、ここは」

 マーティオの目の前にはエリックが見たら飛びつきそうな程の量のギャルゲーが存在していた。

「………本当に刑務所なのか、ここは? つーか誰だ、こんな物を大量的に、且、食堂に溜め込んだ歴史的馬鹿は」

 それはエリックと口論していた看守から徐々に感染していった者達の「宝物」なのだが、マーティオがそれを知る事は無い。

「うむ。後に時限爆弾でもここに仕掛けてこの忌まわしい空間を消すとしよう。―――――そう、これでジ・エンドだ!!」

 最後に訳のわからない台詞を言いながらもマーティオはある物を発見する。
 それは酒瓶である。しかも『ネルソン・サンダーソンの秘密兵器シリーズ試作品』と書かれた紙が貼り付けられた。

 一体、ネルソン警部はこの刑務所で何をやっているのだろうか、とマーティオは思ったのだが、使えそうなものを見つけた以上、この異様な空間には用がない。

「長居は無用………!」

 マーティオは酒瓶を持って食堂から出る。
 手榴弾を切らしていなければここを爆破したのに、と思いながらも彼はカンガルーを撃退する為に通路を走る。




 カンガルーはマーティオこと怪盗イオを探し回っていた。
 その姿はまるで獲物を捜し求める肉食獣である。

「おのれ、極悪人! どこに隠れた!?」

 カンガルーは周囲をきょろきょろと見回している。見つけ出し次第、超高速のスピードで必殺パンチを繰り出す予定なのだが、このまま見つからないのではせっかくの見せ場がなくなってしまう。

「ふん、まあ出てこないならそれでいい。――――――俺の判定勝ちだ」

 カンガルーが、(外見から見ただけでは全く分からないのだが)勝利の笑みを浮かべる。しかし、それに待ったをかける声があがった。

「おいおい。黙って聞いてりゃあ好き勝手ほざきやがって。何様のつもりだテメェ、カンガルーの分際で」

 次々と暴言を吐きまくるその声はまさしくマーティオことイオの声だった。
 カンガルーは声がする方向に振り向くと、目の前に酒瓶が迫って来た。

「一つ言っておく。―――――俺はこっからは結構マジに行くぜ」

 マーティオは何時の間にかカンガルーとの距離を近距離にまで詰めていた。
 彼の右腕が振り降ろされる。
 カンガルーはカウンターでパンチを放とうとするが、間に合わない。

 酒瓶による一撃がカンガルーの脳天を襲った。酒瓶の破砕音とともに強いアルコールがカンガルーの身体に降り注ぐ。
 それだけでマーティオには十分だった。接近戦のリベンジを果たしたからだ。そうでなければ臨時の火炎瓶でも作っていただろう。リベンジ成功に満足したらしい彼はそのまま笑みを浮かべる。

 マーティオはライターの火を点けると、それを後退しつつカンガルーに向かって投げる。結局、酒瓶があったので水鉄砲やサラダ油は使わなかった。
 カンガルーはライターの存在を確認しようとする前に炎上。激しく燃え盛った。

「ぐあっ! おのれ、極悪人!! 動物虐待だぞ!!」

「何を言うか、強化スーツならば愛くるしい動物ではない」

 マーティオは炎上するにもかかわらず喋るカンガルーを見ても不思議に思わなかった。 一応、毛が着いているとはいえ、あれでも強化スーツなのだ。しかも新型である。
 結構な時間灰にならないように作られているのだろう。

 しかし、炎の中で異変が起こっているのをマーティオは見た。
 カンガルーの背中から人影が現れたのだ。

「成る程。貴様は俺が久々に全力を尽くす必要がある極悪人、と言うことか」

 炎の中、まるでサナギから成虫になるかのようにカンガルーの中から現れた人影は真っ直ぐマーティオを見ている。

 マーティオは未知なる物を見ているかのような気分だった。

 火がついているのはカンガルーのぬいぐるみ―――――もとい強化服なのだが、かなりの至近距離だ。それなのに何故あの人影は火傷をしないのだろうか。

 そう思っていると、人影がこちらに向けて右手を向けている。
 マーティオが身構えると、人影は叫んだ。

「ロケットパァァァァァァンチ!!!!」

 瞬間、人影の右腕が胴体から離れてこちらに向かって猛突進してくる。
 よく見ればその腕はブースターの火で飛んでおり、腕と胴体を再接続する為に必要なワイヤーが付いていた。

「て、ちょっと待―――――」

 流石に意表を突かれたマーティオはロケットパンチをもろにくらってしまった。
 彼はその衝撃によりぶっ飛び、窓ガラスを突き破って外に転げ落ちる。幸いながら、一階だった為それほど落ちた時のダメージは少なかった。

 しかし、マーティオの疑問はダメージ的に言えば大きかった。
 
(ロケットパンチって……何、あいつは人間じゃないのか!? つーか何でカンガルー着てたんだ!?)

 マーティオは素早く起き上がり、混乱している頭を覚醒させてから、すぐにやって来るであろう訳のわからない敵に備える。

 すると、破られた窓から赤い閃光が飛び出した。
 マーティオはその閃光をサイズを使って防御する。サイズの刃が閃光とぶつかり、閃光は刃の前に散っていく。

 それからややあってから窓の向こうから声が響いた。

「ほう、面白い物を持っているな、極悪人」

 その声には聞き覚えがある。あのカンガルーの中に入っていた者の声だ。
 窓から聞こえてくる声の主はゆっくりとその姿を現した。――――壁を破壊して、だ。

 全身を覆う装甲。機械のマスク。そして背中のブースター。
 それは正に――――

「サイボーグか……!」

「その通りだ、極悪人。覚えておくといい。――――俺の名はサイボーグ刑事。世界最強の四人の警官、『警官四天王』の一人だ」

 警官四天王、そんな言葉を聞いた事が無いマーティオだったが、不思議な事に心は落ち着いている。ようやく目的の一つを達成する事が出来そうだったからだ。
 サイズの性能テスト、である。目の前にはそれをするだけの大物がいるのだ。

「ところで聞きたい事がある」

「何だ、極悪人」

 マーティオは今のうちに聞いておきたい事を聞いておこう、と思ってサイボーグ刑事に尋ねる。

「何だってまたカンガルーなんて変なきぐるみきてたんだ?」

「ふん。―――――俺はこの醜い姿が好きではない。人としての生活が出来なくなった俺はこの姿を人に見られる事を好まないのだ」

 つまり、この男は自分の格好を好ましく思っておらず、逆に嫌っているのだ。その為、きぐるみを着て自らの姿を偽っていたのだ。それを理解したのか、マーティオは、

「成る程、よく分かった。――――なら俺は貴様のコンプレックスを貴様ごとぶった切ってやろう」

「面白い、やれる物ならやってみろ」

 マーティオが鎌を構える。
 サイボーグ刑事がファイティングポーズをとる。
 
 両者ともに走り出す。二人は一気にお互いの距離を詰め、一撃を相手に放った。
 




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